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第10回「人と犬が自然体で共に暮らす社会」

当会理事 山口 千津子 ((公社)日本動物福祉協会 特別顧問)

 日本では、最近猫ブームとかで、マスコミも出版界もこぞって猫を取り上げ、猫を使ったコマーシャルがあちらこちらで目に付くようになりました。

 なんでもブームに仕立て上げるのが日本人の特色の様で、今までからもいろいろな犬種の流行が作り上げられ、その毎に急激にその犬種が繁殖されることで無理な繁殖を強いられた雌犬達は、5~6歳ですでにボロボロです。虚弱・遺伝性疾患・先天異常等の子犬も多く生み出されました。ブームに群がる消費者も見かけがその犬種であれば50万円でも100万円でもお金を出します。「共に暮らす命」というよりも「動くおもちゃ」や「ブランドバッグ」のように扱い、極小の犬たちを宝石店のようにガラスケースに入れて展示するペットショップまで出現しています。残念ながら、日本には健全な繁殖のための具体的な法規制はありません。確かに、昔のように番犬として庭で飼育する飼い主よりも、室内飼育する飼い主が増え、家族という認識が広がってはいますが、中には極端に擬人化し、犬としての生理・生態・習性等に配慮するよりも、「かわいがる対象」として愛情をかける人もいます。

 一方、私がRSPCA(英国王立動物虐待防止協会)でインスペクターのトレーニングを受けていた英国では、人と動物の付き合い方は、とても自然体です。デパートのペットグッズ売り場には、日本と同じようにかわいらしい犬の服が売られていますが、実際に公園で飼い主と散歩を楽しんでいる犬たちを見ますと、服を着ている犬たちよりも泥だらけになって飼い主と共に遊んでいる犬たちの方が目に止まります。もちろん、人社会で犬と共に暮らすためのしつけやルール(子供広場は犬禁止や糞の放置禁止、決められたところ以外ではノーリード禁止、等)はありますが、バスには子供料金で乗車できますし、パブで飲んでいる飼い主の足元では犬がくつろいでいます。英国の人々にとって、犬は、「かわいがる対象」というよりは、同じ社会で暮らす「犬」という仲間・家族としてしっかり英国社会に根を下ろし、市民権を得たごく自然にそばにいる存在なのです。

hojoken-blog20160721 犬は人間ではなく、「犬」という種であり、動物福祉の世界基準である「5つの自由」(①飢えと渇きからの自由、②不快からの自由、③痛み・怪我・病気からの自由、④恐怖や抑圧からの自由、⑤正常な行動をする自由)に基づいた犬のニーズを満たし、できる限りストレスのない生活を保障することが、人と犬の自然な付き合いを生むのではないかと思っています。

 その「自然な付き合い」方を、人同士の間でも感じたことがありました。私が信号待ちをしていますと横に目の不自由な方が立たれ、ごく自然に、「一緒に信号を渡っていただけますか」と言われたのです。私も自然に行動しました。

 手助けが必要な人に手を差し伸べることもですが、障害のある方もない方も、手助けが必要な時には遠慮することなく素直にお願いでき、それを自然に受け止めることができる社会。それが、ぬくもりのある、命にやさしい社会であり、私たちが目指すべき社会ではないでしょうか。 (第10回・理事通信)