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第12回「補助犬ユーザーのフィットネス向上と大切な補助犬への動物リハビリテーション」

理事長 佐鹿 博信 (横浜市立大学医学部 名誉教授)

 フィットネスとは、人が中等度レベル以上の身体活動を著しい疲労がなく遂行できる能力のことです。中等度レベルの身体活動とは、座位中心の仕事だが、職場内での歩行移動、立位での作業や接客など、あるいは通勤・買物・家事の活動、軽いスポーツ等のいずれかを含む場合を示します。一方、低いレベルの身体活動とは、車椅子の障害者など、生活の大部分が座位で静的な活動である場合です。反対に高いレベルの身体活動とは、歩行移動や立位の多い仕事、あるいは、スポーツなどの活発な運動を行っている場合を示します。

 スポーツなどの身体運動は、身体に好ましい影響をもたらし、生活の質(QOL)を向上させることがよく知られています。運動が身体に好ましい影響をもたらす機序として、フィットネスが向上し、活動した骨格筋からマイオカイン(Myokine;IL-6など)という生理活性物質が分泌されることが関与しています。Myokine(IL-6)は抗炎症作用を有しており、脂肪の分解やインスリン抵抗性の抑制や免疫機能の強化などにより生活習慣病を改善するという働きをしています。

 フィットネスの構成因子として、循環呼吸器系フィットネス、体組成、筋力と筋持久力、柔軟性などがあります。障害者のリハビリテーションは生活機能の改善を目指しますが、そのためにはフィットネスの獲得とその向上が課題になります。フィットネスの中でも、特に、有酸素運動を行う事により、循環呼吸器系フィットネスが増強されます。これは、動作の安定感の維持や転倒防止、体幹や関節の柔軟性維持につながり、さらに、体脂肪の減少、肥満の予防、耐糖能の改善・インスリン抵抗性の改善・血圧の低下・HDL-コレステロール増加などの糖脂質代謝の改善などをもたらします。そして、QOLの改善と免疫機能の強化にもなります。

 しかし、障害のある人は、障害者スポーツに取り組まない限り、中等度レベル以下の身体活動で毎日を過ごしていることになります。特に、車椅子を使用して日常生活や社会参加をしている障害者は低いレベルの身体活動で毎日を過ごさざるを得ません。スポーツ活動を全く行っていない車椅子の脊髄損傷者(両下肢麻痺)の最大酸素摂取量(運動耐久性の指標)は、21.8±5.5(ml/kg/分)であり、30歳代の健常者の約50%のレベルにすぎず、障害のない70歳代女性と同等のレベルです。脊髄損傷者では、両上肢に十分な強度の運動(最大酸素摂取量の60%の強度で20分間)を行うと両上肢筋からMyokineが分泌されますが、頚髄損傷者(四肢麻痺)では、Myokineが分泌されません。

 「生活機能(QOL)の改善のみならず生命の見通し(予後)の延長」を達成するためには、運動の強度・時間と内容が適切でなければなりません。米国心臓病協会による脳梗塞の再発予防のためのガイドラインは「中等度の運動を毎日少なくとも30分間」を推奨しています。また、1日当たり300kcalのエネルギー消費の運動習慣が大切であり、これは1日当たり1万歩の歩行運動に相当します。

 残念ながら、犬については、生活機能の維持向上を達成するための運動の強度・時間が分かっていません。それでも、犬のフィットネスや犬の福祉としてドッグランや動物リハビリテーションが推奨されています。

 補助犬を使用して社会参加を達成している障害者が、フィットネスを達成し、生活機能と生命予後を向上させていくためには、生活や社会参加活動の中で、毎日約300kcalの身体運動がなされるのが理想的です。Myokineが分泌されるほどの運動強度の骨格筋活動がなされるような日常の生活活動が大切です。しかし、そのような都合の良い生活活動は実際には存在しないと考えた方が良いでしょう。補助犬もその使用者のペースで活動しますから、犬としての福祉に達していないレベルの運動強度で毎日を過ごしていることになります。つまり、補助犬の使用者と補助犬には、フィットネスの維持向上のために、特別な運動メニューが必要です。補助犬使用者は障害者スポーツ、補助犬はドッグランや動物リハビリテーションなどのメニューが必要と考えます。特に、補助犬に対しては、ドッグランなどの動物リハビリテーション施設の整備と費用負担に対する公的支援が必要だと考えます。 (第12回・理事通信)